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新世紀産業革命と強盛国家(下)

1990年代のソ連をはじめとする社会主義諸国の崩壊と度重なる自然災害、そして何よりも金日成主席の逝去と反朝鮮勢力の孤立圧殺政策、それによる4大先行部門と言われる電力・金属・石炭工業、鉄道運輸の停滞と食糧事情の悪化など、朝鮮は深刻な危機に直面する。

その状況がいかに厳しいものであったかは、小説「江界精神」に詳しく描かれている。

新世紀産業革命の産声を上げた熙川蓮河機械総合
工場[朝鮮中央通信=朝鮮通信]

食料不足によって疲弊していた人々の中には、病気に勝てずそのまま死亡する人も多く、両親を亡くした孤児が街をさまよう。これまで、朝鮮の小説でこのような悲惨な場面が描かれることは皆無で、本当に苦しい時期であったことをあらためて認識させられる。

この「苦難の行軍」を勝ち抜くために金正日総書記が掲げたのが先軍政治であり、将来の展望を拓いたのが経済のCNC化であった。

1995年4月、「蓮河機械」開発グループが試作した2台のCNC機械を視察した総書記は、そこに大きな可能性を見た。

まずは、機械工業分野でCNC機械による精密かつ効率的な部品製造をもとにさまざまな機械を製造し、次にその工程自体もコンピューターで制御、さらには工場の無人化を果たす。そして、それを機械工業のみならず他の分野にも拡大させ人民経済全般の科学化・現代化を実現し、強盛国家への道を拓く。これが総書記の構想であった。

しかし、「苦難の行軍」を強いられる中で資金は限られており、当面の食糧問題解決に投入するという選択肢もあったが、将来のためにとCNC化の道を決断する。

他方、中小型発電所建設や食料自足など当面の経済問題は地方の活力に委ねられるが、それを率先して実践したのが小説の舞台となった慈江道である。

そして、1998年建国50周年に際してCNC機械によって製作された人工衛星「光明星1号」の打ち上げに成功。朝鮮の科学技術が最先端に至ったことを内外に示した。

同時に、各地方単位で電力事情が改善され、それが他の経済分野へと波及していく。「強盛大国」という言葉が初めて登場したのもこの年であり、翌年の1999年の新年共同社説では強盛大国建設への転換の年にと呼びかけた。2000年には「苦難の行軍」に終止符を打ち、強盛国家建設が本格的に始まる。

さて、経済のCNC化であるが、総書記の構想どおり全国の工場、企業所における基本目標となり、それがそのまま強盛国家建設の推進力となった。同時に、チュチェ鉄・チュチェ繊維・チュチェ肥料などの懸案も順次解決。大規模水力発電所建設や土地整理事業、干拓地開発など経済分野の成果は目覚しく、とくに2009年は「理想が実現する年」として刻まれたことは記憶に新しい。そして、2011年10月、熙川蓮河機械総合工場を訪れた金正日総書記は、CNC機械の製作自体がCNC化された現状を見て、これこそが新世紀産業革命であると高く評価する。ここに新世紀産業革命が産声を上げたのである。

総書記が逝去したのは、この2カ月後のことである。

産業革命は物質的富の飛躍的増大をもたらすが、それを人民大衆が享受できるとは限らない。いや、むしろ一部の資本家や企業にそれが独占されてきたというのが歴史的事実であり、そのための手段であったと言っても過言ではない。

それに対し、強盛国家建設のための朝鮮の新産業革命は、指導者と人民が一体となって実践する、まさにウリ式の産業革命である。逆説的ではあるが、「苦難の行軍」がなかったら新世紀産業革命はなかっただろう。そして、そこには総書記の確かな足跡が刻まれている。

人それぞれに心の神話となった追憶があるとするならば、まさに新世紀産業革命にまつわる総書記の逸話は、わが民族の心の神話として語り継がれることだろう。(任正爀、朝鮮大学校理工学部教授)

(  2012-02-29 15:17:56 )